次世代経営指標「LTV」 第4回

アシックスのEC事業が急成長している。会社全体の収益をけん引し、2021年12月期の売上高が、17年12月期以来の4000億円を突破するV字回復の原動力となった。EC事業成長の源泉が、会員サービス「OneASICS(ワンアシックス)」だ。ECサイトの購買データや複数のサービスの利用データをOneASICSにひも付けることで、顧客の“ランニングライフ”を把握。一人ひとりにパーソナライズした商品情報を提供し、LTV(顧客生涯価値)向上につなげている。

アシックスのECサイトの売り上げを支えているのが、グローバルで約600万人が登録する会員サービス「OneASICS(ワンアシックス)」だ
アシックスのECサイトの売り上げを支えているのが、グローバルで約600万人が登録する会員サービス「OneASICS(ワンアシックス)」だ

 アシックスの2021年12月期のグローバルEC売上高は、23.3%増の638億円と大きく伸長した。日本市場も24.5%増となった。好調なEC売り上げの背景にあるのは、新型コロナウイルス禍によるEC需要の拡大だけではない。既存顧客によるリピート購入が売り上げに大きく貢献している。直販比率は30%を超え、アシックスの事業モデルは従来の卸売りから大きく変わりつつある。

 2010年代前半まで、アシックスの売り上げの9割は、小売店などへの卸売りによってつくられてきた。その風向きが大きく変わったのが、ここ5年ほどだ。卸売事業は、顧客との直接的な接点がないことから、顧客データの取得が難しい。そのため、その顧客がどんな商品を好み、どんな頻度で購入するのかなど、顧客理解の「解像度」を上げることは難しかった。多くのメーカーが抱えている課題だろう。

 一方、自社ECサイトなどを通じて販売する直販事業であれば、ダイレクトに顧客とつながり、その顧客がどのタイミングでどんな商品を購入したかなど、細かなデータを取得でき、それらの情報に基づき商品提案ができる。それだけではなく、なぜこの商品は返品されたのか、どのメールが購入につながったかなど、データを参考に、商品・サービス、コミュニケーションの改善につなげられる。

 このように自社で得た情報を基に、PDCA(計画、実行、評価、改善)サイクルを回し、急成長を遂げてきたのが世界各国のD2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)と呼ばれる、デジタル発の新興ブランドたちだ。大手企業をも脅かすほどD2Cスタートアップが存在感を示し始めると、市場変化に乗り遅れまいと、大手企業各社の間でも直販モデルへの参入が相次いでいる。

 アシックスもD2C事業を強化する1社だ。17年12月期を境に売り上げは4000億円を下回るなど、この数年は苦戦が続いていた。その打開策として、23年に向けた中期経営計画で2大戦略の一つに「デジタルを軸にした経営への転換」を掲げ、全社でデジタル戦略の強化に乗り出した。

約600万人を抱える会員組織が成長の源泉

 その戦略の要となるのが、18年12月に開始した会員サービスOneASICSだ。会員になると、ECサイトで3000円以上購入すると配送料が無料になったり、直営店とECサイトでの購入時に5%のポイント還元がされたりするなど、さまざまな特典を得られる。全世界で約600万人の会員が登録している。

 「以前は、顧客との直接的な接点が少ないため、顧客のことがよく分からなかった。マーケティング面では、有名スポーツ選手をスポンサードするなどして(マスで)認知度を上げることが中心。顧客に直接リーチする手段を持たなかった」とアシックス常務執行役員の富永満之デジタル統括部長は振り返る。アシックスはOneASICSとさまざまなサービスをひも付けて利用可能にすることで、会員データを蓄積。顧客理解に基づく、パーソナライズしたコミュニケーションの実現に挑んでいる。

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