新規顧客獲得のコスト上昇に直面し、商品価格もお手ごろとは言えなくなっているD2Cブランドの中にはコストコやAmazonが取り組む古典的手法、会員制モデルに活路を見出すブランドが現れている。顧客を囲い込むことで安定したベースライン収益を実現し、コロナ以降を見据えた消費者ニーズにも答えることができるという。
ハイクラスな会員制プログラムの人気が高まっているようだ。D2Cブランドの多くが新規顧客による1回かぎりの衝動買いや月々の補充注文を頼りに事業を運営しており、インスタグラムなどソーシャルメディアを介してブランド情報を発信している。各ブランドがCAC(顧客獲得単価)の改善で利益率の向上を図るなか、バッグ・革小物を中心に取り扱うイタリック(Italic)は99ドル(約1万494円)の年会費で利用できる会員制サービスを導入し、長期的な顧客の囲い込みを狙っている。
イタリックの戦略は、サービスの登録会員を定着させることだ。CEOのジェレミー・ツァイ氏は米DIGIDAYの姉妹サイト、モダンリテール(Modern Retail)のインタビューに答えて次のように語った。「不況になるとNetflix(ネットフリックス)の加入者はサービス解約に走る傾向があるが、我々のサービスも同じだ。会員をつなぎとめる必要がある」。
イタリックの創業は2年前。設立と同時に会員制サービスを開始したがすぐに中止し、今年7月にあらためて年会費制サブスクリプションモデルを導入した。イタリックは革製品やアイウェアで、プラダ(Prada)やトム・フォード(TOM FORD)といったデザイナーズブランドに対抗しうる高品質のいわばD2Cモデルを販売しているが、以前は利益確保のために値上げに頼らざるを得なかった。
Advertisement
現在は利益額を会員ひとりあたり年間で最大100ドル(約1万600円)に設定し、「透明性のある対応をしている」とツァイ氏は言う。つまりイタリックは個々の商品販売ではなく、継続的なメンバーシップの更新によって利益を上げているわけだ。
お手ごろ感を失ったD2Cブランド
ラインナップを増やして家庭用品、衣料品も扱うようになったイタリックでは、「会員制サービス導入に十分な商品がそろったと考えた」とツァイ氏は振り返る。新サービスは既存顧客に好評で、商品のキャンセル待ちリスト(これは以前から存在した)に登録した顧客が実際に購入するという「好ましい購買パターンになっている」。
米ロサンゼルスに拠点をおくイタリックは2018年以降、ベンチャーキャピタルから合計で1300万ドル(約13億7800万円)の資金を調達してきた。コムキャスト・ベンチャーズ(Comcast Ventures)、グローバル・ファウンダーズ・キャピタル(Global Founders Capital)、ルドロー・ベンチャーズ(Ludlow Ventures)といった法人に加え、個人のエンジェル投資家多数が出資している。サービス開始から1カ月、会員ひとりあたりの平均注文額は7月末で162ドル(約1万7172円)だが、総売上高についてツァイ氏は今回、公表を差し控えた。「あと少しで利益が出るレベルだが、今はサービス事業拡大が優先で、黒字化は当面の目標ではない」という。
D2Cブランドの場合、消費者のブランドへの愛着の度合いを推しはかるのは難しいが、それでも会員制の導入はリスクをおかす価値があるとツァイ氏は考えている。コストのかかる新規顧客獲得に次々と資金を投入していく方法は持続性がないからだ。
「当社はブランドのロゴにこだわる顧客を求めているわけではない。我々が目指すのは『中間業者を省く』ことであって、それによって消費者が手ごろな価格で商品を入手できればいい。ワ―ビー・パーカー(Warby Parker)やエバーレーン(Everlane)が創業初期に打ち出した方針だ」とツァイ氏は言う。しかし、D2Cブランドたちが事業の拡大にはネットだけでなく実店舗が必要だと気づきだしたころから手ごろさが売りでなくなり、「価格競争」にも水を差すようになった。
実際に価格を比較してみよう。イタリックでは鋳鉄製のダッチオーブンが95ドル(約1万70円)で販売されているのに対し、ル・クルーゼ(Le Creuse)のものは385ドル(約4万810円)。調理器具専門のD2Cブランドであるグレート・ジョーンズ(Great Jones)では155ドル(約1万6430円)という価格になっている。
会員制はレガシーな手法だが
会員制は小売大手のコストコ(Costco)やAmazonのような先駆者が始めた店舗戦略で、目新しいものではない。生活必需品のオンラインショップでもかなり以前から同様の会員制が成功をおさめてきた。たとえばオーガニック商品を扱うスライブ・マーケット(Thrive Market)の年会費は59ドル(約6254円)。低価格帯の家庭用品で知られるパブリック・グッズ(Public Goods)も2016年に年会費制を導入している。
景気後退期に会費制でラグジュアリー品を販売したオンラインショップといえばギルト・グループ(Gilt Groupe)を思い出す。2007年に立ち上げられた同社のサイトでは、登録して年会費50ドル(約5300円)を支払えば、数量限定でデザイナーズブランド商品が割引になる「日替わり特別セール」を利用できた。ただし、消費者嗜好の変化にともないギルトはこのビジネスモデルを継続できなくなった。ブランド品で勝負しようとした同社は2015年、 自社製品をデザイナーズブランド品と偽って販売したとして非難を浴びた。
イタリックはデザイナーズブランド化を追求しているわけではない、とツァイ氏は指摘する。高級ブランド商品を求める顧客は、おそらくリアルリアル(RealReal)やポッシュマーク(Poshmark)のようなブランド中古品販売のサイトを利用しているだろうという。
手ごろな贅沢へのニーズ
イタリックのように「手の届く贅沢」を提供するメリットはもうひとつある。D2Cブランドが「景気の良し悪しに左右されにくい」ということだ。予算は限られているが安いだけの商品は買わない顧客層に支えられ、強さを発揮してきた。ちなみに長い歴史を持つ高級ブランドの場合、2009年の景気低迷時にはラグジュアリー品売上は前年比9%減となった。ただしこの落ち込みは長く続かず、翌2010年には業績が回復している。
コンサルティング大手のデロイト(Deloitte)による「世界ラグジュアリー品市場レポート2019」(2019 Global Powers of Luxury Goods report)によると、ラグジュアリー品を扱うブランド上位100社は、2017年に2470億ドル(約26兆円)の売上を記録しており、2170億ドル(約23兆円)だった前年よりさらに伸ばしている。
今回の不況では、消費者はすべての支出をひかえているわけではないようだ。実際、新型コロナウイルス感染拡大による隔離生活で、小売カテゴリーのなかでもラグジュアリー品に対する未充足需要が高まっていることを示すデータがある。調査会社オピニウム(Opinium)が今月発表した最新の報告書によると、調査に参加した米国人の5人に3人以上(62%)が「通常の生活」に戻ったら自分にご褒美をあげたいと回答した。また、46%がロックダウン終了後には「ちょっとした贅沢」を楽しみたいと答えたという。
会員制にチャンスを見出す
ツァイ氏は次のように述べている。「我々にとって最大のハードルは、当社の会員制が万人向けでないことだ。消費者の多くがこれ以上サブスクリプション登録を増やすのが妥当かどうか悩んでいるのだから」。
しかし市場が先行き不透明なだけに、ベースラインの収益が保証される会員制は不採算ブランドのD2C戦略に影響を与えて変化をもたらす可能性がある。「サブスクリプションモデルのなかでも勢いのあるサービスは、感染症の流行で対面販売ができない問題の解決策となっている」と、マーケティング会社のコービー(Kobie)でシニア・ロイヤルティ&CXコンサルタントをつとめるケイト・ホーゲンソン氏は語る。
「ラグジュアリー品のビジネスチャンスは、対面サービスの欠如にどう対処するかにかかっている。いわゆるショッピング・コンシェルジュ体験はeコマースでは再現が難しい」という。スタイリストやパーソナル・ショッパーと対面でやりとりできない状況下においてバーチャルで同等の体験を提供するとすれば、「温かみ、人間味、カスタマイズ」が必要だとホーゲンソン氏はつけ加えた。
「人は皆、お得感のあるものを好む。だから皆、我も我もとD2Cブランドを立ち上げている」とツァイ氏は指摘する。しかし、サブスクリプションの会員制モデルならではの価値提案を活かして消費者の期待に応えられるのなら、誰にでも成功のチャンスはあると言っていいだろう。
[原文:The Netflix effect DTC brand Italic tacks to memberships as a path to sustainability]
Gabriela Barkho(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)