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中国のECセールと言えば、アリババが始めた11月11日の「独身の日」が世界的に注目されているが、他にも複数ある。「独身の日」の2匹目のどじょうを狙った「12月12日」のセール、そしてアリババの競合で業界2位の京東商城(JD.com)の設立日である6月18日にちなんだ「618セール」だ。
1999年に創業したJD.comは光磁気製品の販売を本業としていたが、重症急性呼吸器症候群(SARS)禍で経営危機を迎え、2004年にECに進出。ECの売り上げが大きくなり、業態転換した歴史を持つ。
6月1日に始まる618セールは、これまで独身の日セールの陰に隠れがちだったが、1~3月の「コロナ禍」の売り上げを取り戻さなければならない2020年は、例年と意味合いが違う。アリババや蘇寧易購などライバル企業も全力で、お祭りムードを盛り上げている。
アフターコロナで話題づくりも不要
写真右の男性雲南省の農村を支援してきた大学教授で、全人代代表でもある。5月下旬の全人代でもジャガイモを手に北京入りした。
Weiboより
2020年の618の特徴は、大幅値引きやクーポンばらまきによる「消費刺激」が最大の目的となっている点だ。独身の日も含めたECセールはマンネリ化が進み、話題づくりに苦心していたが、今年に限っては「アフターコロナ」、そして「新しい生活様式」という大義名分で、自然と商戦は盛り上がる。
618は本来「JD.comの日」なのだが、今年はとにかくアリババのニュースが流れてくる。これまでもセールは6月1日に始まっていたが、アリババのECサイト「Tmall(天猫)」はさらに期間を広げ、5月25日から6月20日まで、ほぼ1カ月にわたって実施している。
5月25日から31日まではプレセールの雰囲気で、本番ムードが高まった6月1日、開始10時間でTmallの売上高は前年同日1日分を超えた。6月1日から4日にかけては、16億2000万元分(約250億円)の消費券を発行。同社によるとTmallに出典する20万店以上で、消費券を利用した買い物が行われたという。
売れ筋を見ても、「アフターコロナ」の色合いが濃く現れている。6月1日にはスポーツ・アウトドア商品の売上高が45秒で1億元(約15億円)、女性向けアパレルが2分で1億元を突破した。ブランド別ではナイキが2分59秒で売り上げ1億元に達し、外出に関連する消費の力強さが分かる。
また、Tmallによると6月1日、中国3万7000ブランドの売り上げは少なくとも前年の2倍以上に増えた。IT端末のファーウェイ、シャオミ、家電のハイアール、エアコンの格力などは開始早々に取引額が1億元を越えたという。
アリババの創業者ジャック・マー氏は新型コロナウイルスとの戦いを経て、これまで以上に「全てのビジネスをデジタル化する必要がある」と訴えるようになった。同氏の思いを体現するような、新たな取り組みも見られる。
Tmall(天猫)は今年、裁判所の差し押さえ品の競売を初めてライブコマースで行った。不動産を含めたライブコマース競売には中国の2282裁判所が参加したという。
また、出前アプリの餓了麼(ele.me)に加盟する飲食店100万店超も618セールに参加し、消費者にクーポンを提供している。
4大EC企業と2大動画アプリの商戦
西安の80代の女性はライブコマースを利用して杏40箱を売り切った。
動画アプリ秒拍より
国泰君安証券は618セールを分析するレポートで、「今年の618は従来の4大EC企業(アリババ、JD.com、蘇寧易購、拼多多)に、ショート動画アプリ2社(抖音と快手)を加えた4プラス2の戦いになる。ショートビデオは時間限定セールと非常に相性がよく、今年の目玉になる」と指摘した。
ライブ配信しながらECサイトに誘導し販売するライブコマースは数年前から成長を続け、化粧品、アパレルを売りまくるインフルエンサー市場も拡大している。今年はそれが、コロナ禍の応援消費に使われた。
日本では、緊急事態宣言による観光施設や飲食店の休業で、苦境に立たされた店舗を支援するプラットフォームがいくつか登場した。Facebookでは売り上げ減に苦しむ生産者や店主が商品を市場価格より安く販売し、消費者が直接購入する仕組みが人気を集めている。
筆者も4月からカーネーション、鉢植え、干物、九州産の鯛、馬肉、もつ鍋……と購入しているが、消費者との直接取引に慣れていなかったりネット通販の仕組みを構築していない企業が多く、パンクする事態に何度も遭遇した。
中国のコロナ応援ライブコマースは、動画プラットフォームで農家が企業が自身の取り組みや商品をアピールし、その場でプラットフォームやECサイトから買ってもらう仕組みだ。この数年でモバイル決済と動画共有アプリが浸透していたからこそ、実現した取り組みでもある。
これまでライブコマースの売り手と言えば若年層に人気のあるインフルエンサーだったが、コロナ禍では大企業のCEOが自ら発信し、「1時間で売り上げ●●元」とニュースになる事例も相次いだ(直接の売り上げに結びつくだけでなく、宣伝としても効果が認識されている)。
Tmallは618セール期間中に芸能人300人と企業経営者600人以上のライブコマースを実施。テレビ欄のようにタイムスケジュールを発表している。JD.comは著名人のライブコマースに加え、プラットフォーム上で音楽イベントを開催する。
大物歌手引き込みTikTok追撃する快手
ジェイ・チョウの快手での公式アカウント開設は、2020年の中国SNS業界の最大級のトピックになるだろう(2016年撮影)。
Reuters
そして618セールだけでなく、年間を通した中国SNS業界の最大のニュースになりそうなのが、台湾出身の歌手ジェイ・チョウ (周杰倫)が5月29日に快手でアカウントを開設したことだ。トップスターである彼はこれまでSNSに公式アカウントを持っておらず、6月1日に投稿した3本の動画の再生数はその日のうちに2億5000万回に達し、6月5日時点でフォロワー数は1100万人を超えた。
快手と抖音は中国ではしのぎを削るライバルだが、海外展開ではTikTokを成功させた抖音が大きくリードしている。快手も抖音と同じ2017年に、海外版アプリ「Kwai」をリリースしたが、埋没しているのが現状だ。
捲土重来を図った快手は5月、アメリカでショート動画アプリの新ブランド「Zynn」をリリース、618セールに合わせてJD.comと業務提携し、ジェイ・チョウのアカウント開設にも成功した。新型コロナウイルスが動画プラットフォームの追い風になっているうちに、一気に抖音との差を詰めようとしている。
今年の618にはアップルもTmallのセールに初めて参加し、iPhone11やiPhoneSEを実質2割引きで販売している。配車アプリの滴滴出行は6月2日、同月末まで使える消費券を15億元分発行した。中国のプラットフォームが一丸となって繰り広げるアフターコロナ後最大のネットセール。その取り組みや消費者の購入傾向は、日本のヒントにもなりそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊『新型コロナ VS 中国14億人』。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。