一点モノとして製作された、再生産できない作品だから持ちうる価値とは。
撮影:今村拓馬
一般企業での就労が難しい人たちが作った木材作品。このような一点物のみを販売しているサービスがある。
撮影:今村拓馬
買おうと思っていた商品が、再入荷未定——。
そんな一見ネガティブな状態を、逆転の発想で価値に変えたECサイトがある。その名も、「再入荷未定ショップ」。
ここでは、一般企業での就労が困難な障害者が就労継続支援B型施設(※)で製作した「一点物」のみが販売されている。
既製品にはない独特の存在感を放っており、売れた商品には「再入荷未定」の文字が品良く表示される。
プロジェクト発起人の一人が、2021年3月に著書『マイノリティデザイン』を上梓し、世界ゆるスポーツ協会代表理事などを務めるコピーライターの澤田智洋さんだ。「福祉のためだけにやっているわけではない」と語る澤田さんが、再入荷未定ショップを通じて伝えたいメッセージとは。
※就労継続支援B型施設…一般企業での就労が困難な人に働く場を提供しつつ、知識や技能の向上につながる訓練を行う、障害者操業支援法に基づいた福祉サービスのための施設。
作業に人を合わせるのではなく、人に作業を合わせている
甲州街道沿いのビルのエレベーターを上がり、4階の扉を開けると、騒々しい外の世界とは打って変わって居心地の良い美術室のような空間が広がっていた。
作業に没頭する利用者の横で、講師は作品を見ながら寄り添うように声をかけている。言われなければ、ここが福祉施設だとは分からないかもしれない。
渋谷区笹塚にある就労継続支援B型施設「テントーン」には、鬱や統合失調症などの精神障害者が3〜40代を中心に46名在籍している。利用者は施設での活動を通じて生活リズムを整え、就労できる状態を目指している。
一般的にこうした福祉施設では、障害者にデータ入力や弁当・パンづくり、清掃などの作業を課すケースが多い。
しかしテントーンでは、木工、アパレル、アート・クリエイティブの中から興味のあるジャンルを選び、プロの講師の指導のもと、好きな作品を制作できる環境を整えているのが特徴だ。
TENTONEで作品を制作する利用者の女性。和やかな雰囲気で、講師と話をしながら手を動かしていた。
利用者一人ひとりに向き合い、その人の魅力が引き出される作業を話し合って決めているため、施設から一方的に作業内容を「与える」ことはないのだという。
テントーン施設長の中村梨絵さんは、普段は作業に没頭している利用者の目が、ひときわ輝く瞬間があると話す。
「自分の作品が今まで自分と関係のなかった人に評価されて、それが売れて行くのは、利用者にとって計り知れない体験になります」
利用者のために販路を広げたい一方、2020年はコロナ禍で今まで出展していたイベントが中止になってしまった。そんな中、テントーンの作品の再入荷未定ショップでの取り扱いがこの4月から始まった。
「本当にありがたかったです。一点物だけを扱うというコンセプトが素敵ですし、商品を送れば撮影から掲載、商品発送まで全てお任せできるので助かっています。テントーンでは一点物を制作する利用者が多いので、今後も継続的に出店させてもらえればと思います」(中村さん)
Amazonでモノ買うのとは全く異なる体験
就労継続支援B型施設にて作られた作品を販売している「再入荷未定ショップ」のサイト。
再入荷未定ショップのスクリーンショット
テントーンの作業場。障害者の方でも分かりやすいよう、用途ごとに道具が整理されている。
撮影:今村拓馬
2020年11月にオープンしたECサイト「再入荷未定ショップ」には、テントーンを含む全国16の施設から集まった200強の種類の商品が掲載されている。
活動のきっかけは、2020年4月にコロナ禍の中で立ち上がった「#福祉現場にもマスクを」プロジェクトだ。澤田さんが理事を務める一般社団法人障害攻略課を含めた4団体で運営を始めると、事務局には福祉現場のさまざまな悩みが寄せられた。
その中でも、「コロナ禍で利用者が施設に来れなくなってしまったので、納期を守れなくなってしまった」という声を耳にしたとき、ある記憶が澤田さんの脳裏をよぎった。
「以前、福祉作業所からネットでものを買ったとき、それが忘れた頃に届いたんです。マスクのプロジェクトを一緒にやっていた⼀般社団法⼈Get In Touch代表の東ちづるさんにその話をしたら、同じ経験をしたことがあると共感してくれて。そういうあり方って面白いなと思ったんですね。
早くつくれない、たくさんつくれない、いつできるか分からない。そうした施設側のコンプレックスを無理に克服しようとするのではなく、逆に売りにしたお店をつくれないかと考えました」
アマゾンで注文したものが届くのとは、全く違う体験を届けられているはず。そう語る澤田さんは、大量生産社会に他する違和感を抱いていたからこそ、この取り組みの環境問題に対する意義も発見した。
「何でもそうですが、すぐにアマゾンで代替品を買えてしまうものって、あまり大切に扱われないと思うんです。でも一点物で再入荷未定だったら、大切に扱いますよね? 簡単に捨てないということは、ゴミになるまでの時間が長いということ。再入荷未定ショップは、SDGsの時代にマッチした取り組みになり得ると思いました」
モノを大切に使ってもらうための“売り方”
「ふと目に留めた人がふと買うものが、大切にされるだろう」という思いから、必要以上に宣伝する売り方はしていない。
撮影:今村拓馬
再入荷未定ショップで商品を販売するには、4つの要件がある。
1つ目は、売れてしまえば文字通り「再入荷未定」になること。2つ目は、型がなく、大量生産が困難な一点物であること。3つ目は、障害者が主体的に企画や制作に関与していること。そして4つ目は、市場において競争力のあるアイテムであることだ。単に「障害者がつくったから」という理由だけで取り扱うことはしないのだという。
現在は、再入荷未定ショップを運営する4団体が直接つながりを持つ施設からのみ掲載依頼を受け付けている。
「今は手元にある商品をゆっくり売っていこうと思っています。営業をかけたりSNSで拡散したりすることもできますが、ここでは力づくでない売り方をしたい。ふと目に留めた人がふと買うものって、大切にされるだろうなと思うので」
テントーンの中村さんの言葉にもあったように、商品の撮影・ライティングから購入者への発送まで、すべて「再入荷未定ショップ」が行うのも、立ち上げ時にこだわったポイントだ。
現場の負担を減らしたい。再入荷未定ショップの世界観を統一したい。そうした意図はもちろんあるが、それだけではないのだという。
「私たちは再入荷未定ショップで販売するものを『商品』ではなく『作品』と呼んでいます。この素晴らしい作品たちに敬意を込めて、きちんと写真を撮り、テキストを整えたいんです。施設の方も、『こんなにかっこよく撮ってもらったのは初めてです!』と大変喜んでくださいます」
再入荷未定ショップが、福祉業界に対して果たせる役割とは、利用者のモチベーションのサポート。そして、就労継続支援B型施設という場所があり、その中には目を見張るような作品を生み出す施設があることを世間に知ってもらうことだと、澤田さんは語った。
人間が人間らしく働き、人間らしいものを生み出す
再入荷未定ショップには“裏テーマ”があるんです——。澤田さんはそう言って微笑むと、「これは福祉のためだけにやっているわけではないんです」と切り出した。
「根底にあるのは、『僕らの働き方を問い直したい』という想いです。大企業では、僕らは既存の仕事にはめられてしまいがちですが、そうじゃない働き方もあるということを伝えたい。
例えばテントーンさんでは、決まったものを利用者につくらせるのではなく、人を中心につくるものや作業をどんどん変えていきます。その結果、素晴らしい作品が生まれている。こうした福祉施設の働き方をヒントに、人間らしい空間で働くことの大切さを伝えられたらと思います」
この発想は、産業革命時に「アーツ・アンド・クラフツ運動」を率いたイギリスの活動家、ウィリアム・モリスの影響を受けたものだそうだ。
「ウィリアム・モリスは産業革命の時代に、人間がまるで機械のように働くようになったのを憂いて、人間が人間らしく働き、人間らしいものを生み出すことを提唱しました。彼は『美しい労働が、美しい商品を生み出す』と言った。再入荷未定ショップは、現代のアーツ・アンド・クラフツ運動になるんじゃないかとも考えているんです」
その言葉を聞いてから改めて再入荷未定ショップを見てみると、それぞれの作品が放つ得体の知れない魅力の正体が、少しだけ分かった気がした。
働く喜びに満ちた仕事こそが、人を幸せにする。きらきらと輝く再入荷未定ショップの作品たちは、そんなシンプルな法則を私たちに静かに語りかけている。
(文・一本麻衣、 写真・今村拓馬)
一本麻衣:インタビューライター。一橋大学社会学部卒後、メガバンク、総合PR会社などを経て、2019年3月よりフリーランス。1987年生まれ。twitter:@Ichimai8