朝比美帆[執筆] 2022/8/24 7:00

「デジタルへの転換とそのための組織構築」を掲げた資生堂ジャパン。アクセンチュアとの合弁会社「資生堂インタラクティブビューティー」を設立するなど、デジタル・ITの強化を進めている。コロナ禍を資生堂ジャパンはどう捉え、変わろうとしているのか。資生堂ジャパンの山本雅文氏とゼロゼロウエスト代表の大西理氏が対談した。

資生堂ジャパン EC事業部 ブランド施策推進グループ グループマネージャー 山本雅文氏
資生堂ジャパン EC事業部 ブランド施策推進グループ グループマネージャー 
山本雅文氏
ゼロゼロウエスト 大西 理氏
ゼロゼロウエスト 
大西 理氏

コロナの変化、体験重視へ

大西理氏(以下、大西):新型コロナウィルス感染症拡大により、実店舗での買い物体験、ECの利用拡大など、さまざまな業種・業界でビジネス構造の変化が起きています。そのような環境下、化粧品業界全体で起きていることをどう捉えていますか。

山本雅文氏(以下、山本):私は大きな変化が起きていると捉えています。人間は何万年も前から、外で情報を集め、知識を蓄積してきた。エンカウンター(予期せずに出会うの意味)、セレンディピティ(偶発的な出会い)が発生し、ワクワクするという経験を積んできました。

それがコロナ禍により激変。外出で情報を得ていた状態から自宅中心の状態になったため、周辺視野が狭くなってきていると感じています。セレンディピティのような機会が減り、それが化粧品の購買行動にも影響。お店で新しい商品と出会い、「ワクワクする」「トキメク」といった体験ができなくなりました。そのため、自身がほしいアイテムだけをネットで調べる・探すという状況が多くなっているように感じます。

大西:変化というところでは、コロナ禍によってモノに対する価値観が大きく変わってきましたよね。

山本:同感です。モノに対する価値が再定義されていると感じます。コロナで大きなブームとなったDIYは、「自己実現」「能動的に何かアクションをする」「アクティビティ」といった側面で再注目。コロナ禍で五感を使う機会が減り、デジタル上で五感を使えるようなパーソナライズ体験できるコンテンツがユーザーから選ばれるようになったと感じています。

大西:顧客体験、モノの価値に関する再定義・再設計など、小売業を取り巻く環境は大きく変わってきています。そこで資生堂は2021年2月に中長期経営戦略「WIN 2023 and Beyond」を発表。その取り組みの1つに「デジタルを活用した事業モデルへの転換・組織構築」を掲げ、アクセンチュアとデジタルマーケティング業務および、デジタル・IT関連業務を提供する合弁会社「資生堂インタラクティブビューティー」を7月に立ち上げました。

山本:資生堂のDXにおけるビジョンとして「Global No.1 Data Driven Skin Beauty Company」を掲げました。お客さまを深く理解し、1人ひとりにとって最適な価値を提供するために、顧客情報、購買動向、肌状態などの多岐にわたるデータを活用。これらに基づいた美容体験を提案していくことに取り組んでいます。資生堂インタラクティブビューティーは、こうした変革をスピーディー、集中的に実行するための事業会社です。

「コンシューマーセントリック・ビューティーカンパニー」をめざす資生堂ジャパンでは、次の3つの柱で、体験価値を構築していこうというビジョンを掲げています。

  • テーラーメイドエクスペリエンス(1人ひとりのニーズに合った美容体験)
  • データドリブン
  • ユビキタス、シームレス、タイムリー
デジタルビジョンについて
デジタルビジョンについて

大西:お客さまが一番気持ち良いと感じる美を作るためには、特にデータドリブンが重要なポイントになってきそうですね。

山本:とても重要なポイントになると思います。中長期経営戦略をご覧になった方からは、「デジタル広告の割合を高くするんですよね」とよく聞かれるのですが、めざすべき方向性の1つではあるものの、割合は本質ではありません。「コンシューマーセントリック・ビューティーカンパニー」を実現して行くために何をしなければならないのか? といったところをしっかり考えていかなければいけません。そうしなければ今の時代、変化が激しい時代にも対応できなくなる……チームのメンバーとすごく意識しながら動いているポイントです。

大西:資生堂ではデータチーム、アナリストといった組織やチームを構築しているのですか?

山本:はい、あります。自社データの分析、保守管理なども含めて、専用チームを作っています。まさにそういった専門分野を強化するために資生堂インタラクティブビューティーが設立されました。

  • テーラーメイドエクスペリエンスの提供
  • グループ全体の基幹システムの標準化・効率化
  • ビューティーをよく知るデジタル・IT専門家集団へ進化

資生堂グループのデジタル化、ケイパビリティ向上、上記3点などを含めて、グループ全体で体験価値を向上させていく―。資生堂インタラクティブビューティーは1つの専門事業会社として取り組みを支えていく役割というふうに捉えています。

体験全体を意識した施策をECでも実施

大西:資生堂のECについて、変化対応への取り組みを教えてください。

山本体験価値の再構築ですね。体験というと商品購入以外のことと捉えられがちです。商品を買うという体験に加え、パーソナライズを加えた体験の提供にシフトしていっています。事前の商品検索から商品体験までをイメージしながら、購入だけではなく前後の体験全体を意識した施策を考えるようになってきました。すごくいい変化だと感じています。

ライブコマースも体験価値を向上させる取り組みです。商品購入前に見てもらい、テスターを使うような疑似体験できるコンテンツ作りを意識しています。パーソナライズという側面ではAI(人工知能)活用のMA(マーケティングオートメーション)メールです。以前はA商品を購入したらシナリオAを配信するといった人間の考えるシナリオで運用していましたが、AIによる予測分析を行ったコンテンツの出し分けを活用し、配信を行っています。

大西:シナリオが増えていくと管理できなくなってしまいがち。ややもすると“シナリオ祭り”になってしまいKPI(重要業績評価指標)を追えなくなってしまうというデメリットがあるんですよね。

山本:シナリオを増やしていくと、在庫切れの商品の誘導が載っていたり……事故につながりかねません。そして、なによりも運用にリソースがかかっていました。資生堂ジャパンは、AIを活用して、プレファレンス(好意度)によってブランドをスコア化、予測分析するようにしています。これまでのシナリオは、「マキアージュ」の製品を購入した消費者には、「マキアージュ」軸のコミュニケーションが走っていました。しかし、その人は「マキアージュ」以外のブランドを使っている可能性があり、コミュニケーションをする時点で、興味・関心は「マキアージュ」以外に移っているかもしれません。

そこで、AIを活用し、ECサイトのアクセス状況、サイト内の行動などを分析、データに基づいたコンテンツをメール配信するようにしています。「オムニチャネル・カスタマーエクスペリエンス」という考え方で、デジタルを活用した実店舗への来店促進など、ECだけでは完結しないコミュニケーションを重視するようになってきました。テスト段階ですが、広告配信からデジタルの媒体で接触したデータとサードパーティーデータを連携、来店にどう寄与するのかといったことを計測。コミュニケーションをブラッシュアップするためのテストとして実施しています。

「オムニチャネル・カスタマーエクスペリエンス」の一環ですが、継続的に実際の生活のなかで接点を持ち続けるための取り組みもスタートしました。資生堂の総合美容サイト「ワタシプラス」である一定額以上購入すると限定アドベントカレンダーをプレゼントする取り組みを始めました。さまざまなブランドサンプルを試せるというオンライン特典です。2021年12月1日から25日までのカレンダーに25個のポケットを用意、そこにさまざまなブランドのサンプルを入れるものです。

1日ずつ開封してもらえれば、25日間連続で接点を持ち続けることができます。購入特典は良い体験になりますが、継続的な接点を創ることが難しかった。1日ごとにCRMをするという試みでした。

限定アドベントカレンダーの特典(画像は「ワタシプラス」のTwitterからキャプチャ)

大西:体験重視、購入後にユーザーとどう接点を持ち続けるかという視点で企画された素晴らしいアイデアですね。デジタルではメールなどで接点を作り続けることができます。しかし、オフラインでつながり続けることは、実店舗に毎日足を運んでもらわなければ難しい。毎日、リアルの場でつながりを続けられるユニークな試みだと思いました。

資生堂のデジタル体験の変化

大西:資生堂ジャパンでは、ECやデジタルを通じた体験価値をどのように引き上げていきますか。具体的な施策を教えてください。

山本:資生堂ジャパンはデジタル上だけではなく、リアルを活用してさまざまなデータを蓄積して分析。次の施策などに活用するためにPDCAを回していっています。

●リアルとバーチャルを融合した「Global Flagship Store」

銀座を訪れる国内外の消費者に対し、ブランドの世界観を発信し、最新のテクノロジーとヒューマンタッチを融合させた美の体験を提供する施設。多様化する美へのニーズやライフスタイルに対応し、五感を使って化粧品を試せるデジタルテスター、消費者ニーズに合わせた美容カウンセリング、日本初導入の先端メディテーション体験などを展開している。

資生堂のブランド旗艦店「SHISEIDO グローバル フラッグシップ ストア」(東京・銀座)

●日本発の3D肌診断と美容機器のパーソナライゼーション

美容機器の物理エネルギーと化粧品の生命科学エネルギーを融合し、肌解析の結果を基にパーソナライズされた効果を届けるエイジングケアソリューション「エフェクティム」。

エイジングケアブランド「EFFECTIM(エフェクティム)」

●クラウド対応した肌分析

「ワタシプラス」で展開している肌分析コンテンツ「肌パシャ」。スマホだけで「うるおい・ハリ・透明度・シミ・シワ・ほうれい線」の状態を分析することができる。

肌分析コンテンツ「肌パシャ」

●パーソナルカウンセリング体験

自宅で「SHISEIDOビューティーコンサルタント」によるカウンセリングを体験できるコンテンツ。たとえばパーソナルカウンセリング体験。ビューティーコンサルタント(BC)の方々は店頭で対応するのが基本スタイルだったが、現在は数名のBCがデジタル上での活動をメインにするようになった。つまり、デジタルに特化したBCが誕生した。

ビューティーコンサルタントによるWebカウンセリング

大西:ファッション業界では、店頭スタッフがコーディネートコンテンツをEC側に載せて接客する動きが加速しました。それと同様の取り組みですね。

山本:店頭ではOne to Oneが重視されていました。BCには、デジタルの利点を生かし、One to Manyをデジタルメディアなどの活用で実現できるよう試験的に取り組んでいます。

デジタル人材の育成強化/リソース確保

大西:デジタル化に関し、多くの企業でも課題にあがっているのが人材と組織作り。大企業も中小企業も同様で、スタートアップも同じような悩みを抱えていると思います。資生堂ジャパンが進めていることを教えてください。

山本内部人材の育成、中途採用、外部パートナーとの協業―この3つのリソースで人材を確保していくという考え方ですね。一番力を入れているのが異動など内部人材の育成です。大きい会社では、1つの部門に居続けるデメリットが出てきてしまいます。デジタルの活用など、所属していなかった部門に異なる視点を持っていくことは会社の成長には必要なことです。同じ人がずっと同じ部署にいると知識の伝播ができなくなりますから。

大西:同じ人が居続けることで、マイナス面もあるということですね。

山本:意識していることは、ケイパビリティ向上です。チームのメンバーには「このポジションだから、こういうスキルを持ってもらいたい」といったことをきちんと定義・設定しています。中途採用も同じです。

デジタル人材というワードはよく社内でも出てくるのですが、ざっくりし過ぎてしまっていますよね。DXのどこを担うのかというのがすごく重要だという考え方です。たとえばデジタルマーケティングの企画担当。これまではこのフレーズだけで充分だった。しかし、業務は細分化され、体験設計をする人なのか、媒体メディアの統合を考える人なのか、顧客セグメントやカスタマージャーニーを構築する人なのか……。そのため、スキルの定義・設定はきちんと行っています。

内部人材のケイパビリティ向上について

大西:ジョブディスクリプションがかなり明確になっているのですね。

山本:こうすることで、希望と実際の業務の不適合は減ってきていると感じています。

大西:デジタルに関する業務は実はものすごい作業量があり、工数がかかります。細かい作業も多いですよね。外部パートナーの活用について教えてください。

山本:作業について特別なスキルは必要ありません。なので、作業についてはきちんとマニュアル化し、アウトソースなど含めてきちんとオペレーションできるようにしています。これは外部パートナーと一緒に行っています。外部内部のミックスで、作業的な仕事は圧縮するようにしています。

大西:作業が属人化すると、担当が変わったときにゼロからの出発になってしまう。それを防ぐ目的もありそうですね。これまでのお話をまとめると、体験価値を向上するための体験設計、それを実現するための戦略、チームマネジメントなど、多くの企業が実践できる内容だと思いました。

この記事は2021年11月17日に「ネットショップ担当者フォーラム2021秋」で行われた講演をまとめたものです。

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